3人が本棚に入れています
本棚に追加
(私は、男爵に嫌われているのかしら)
心の中で呟くと、娘の胸はチクリと痛みました。
少し前なら、どんな感情も素通りしていた心が、
今は些細なことにも反応し、様々に揺れ動くのでした。
これも男爵のお陰かと思うと、娘の気持ちは、更に痛みます。
(だめだわ。落ち込んでは)
娘は気を取り直し、夜着のままキッチンへ向かいました。
(お湯を沸かして、美味しい紅茶を飲めば、きっとこの気持ちも少しは収まるはず)
娘はそっと部屋を出ました。
キッチンに入り、手際良くポットとティーカップを用意すると、
ポットに水を注ぎ火に掛けようとした時、娘の鼻腔に甘い匂いがしました。
(この香りは……)
嗅ぎ慣れたその香りは、白薔薇のものでした。
城には、城外を囲む様に無数の白薔薇が植えられていました。
こまめに手入れをされた白薔薇は、
初雪の純白にベルベットの様な滑らかさを持ち、
媚薬の様に甘美な香りを放つ、大変見事な薔薇でした。
娘は、幾度となくその香りと姿を楽しみながらお茶を飲み、
白薔薇と過ごす時間を、至福に感じていました。
(こんな時間に、何処から香ってきているのかしら)
キッチンを見回すと、勝手口が少しだけ開いています。
娘は好奇心のままに、外へ出ました。
誰が居るか分かりませんでしたが、月光が明るいせいでしょうか、
不思議と怖くはありませんでした。
月の光を受ける白薔薇は、夜の青色を吸い込み、青白く輝いていました。
幻想的な白薔薇の道を進んでゆくと、小さな円庭が見え、
その中心に人影がありました。
(あ!)
男爵です。
隙のない、いつもの服装のまま、振り注ぐ月光を受ける美貌は、
今まで見てきた男爵の中で、一番美しい姿でした。
最初のコメントを投稿しよう!