おとぎ話の始まり

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ある昔。 都より程遠い場所に、さる男爵の治める領地がありました。 広大な農地では新鮮な野菜、瑞々しい果物、豊富な穀物を一年中収穫する事ができました。 その美味しく、栄養の詰まった作物を食べると病気一つする事無く、 村人は皆、健康で若々しく、長生きしていました。 噂は国中の貴族や王族、商人に知れ渡り、 村の作物は、驚くほど高値で売れたのです。 そして、その利益は領主である男爵が、村人に平等に与えたので、村人は身も心も満ち足りた、幸福な生活を送っていました。 今では幸福の中心にある村ですが、かつての村は、とても貧しく不幸でした。 村の土地は荒れ果て、村人はその日に食べる物さえ困っていたのです。 それと言うのも、その頃の男爵は領地をろくに管理しない上に、村人から高額な納金を強制していたからでした。 然し、数年前に男爵が亡くなり、男爵の妾の息子と名乗る若者が現れました。 男爵の妻はとうに亡くなり、子供もいませんでした。 何より、借金だらけの領地を相続したい者などなく、 妾の子が男爵を継ぐことに異論を唱える者は、誰もいませんでした。 新しい男爵は、雪の様に膚が白く、枝の様に細く、 とても頼りなく見えました。 山賊の様に大柄で、厳めしい先代の男爵とは似ても似つかない容貌です。 しかし、村人にはどうでもいい事でした。 村人にとって大切な事は、日々の生活であり、 どうせ新しい男爵も、自分たちを苦しめる脳なしだろうと諦めていました。 すると、どうでしょう。 新しい男爵は領地を整備し、優れた農耕技術を取り入れ、 村を見事に立て直したのです。 今の村があるのは、全て男爵のお陰であり、村人は男爵への偏見を深く反省すると共に、大きな感謝と尊敬の念を抱きました。 けれど実のところ、村人は男爵を酷く懼れてもいました。 それは、男爵が妻を娶ると必ず、三か月も経たないうちに行方不明になってしまうからでした。 初めは、辺鄙な村に嫌気が差した妻が、自分で出て行ったのだろうと、村人は男爵に同情しました。 然し、この様な事が五回も続き、村人は、男爵に原因があるのではないかと、疑うようになりました。 妻たちが失踪し、城に植えられた白い薔薇が輝きを増す度に、村人の疑念は深くなってゆき、 けれど、本当のところは誰にも解りませんでした。
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