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豪華な一室。
独り佇む娘の顔は、沈んでいました。
整った顔は化粧でさらに美しく、すらりとした身体には見事な刺繍と、
眩い宝石が施された、純白のウエディングドレスを纏っています。
あと数分後には、神の前で結婚の誓いを立てる娘の胸中は、幸福とはほど遠く、
鉛を飲み込んだ様に深い悲しみの中にありました。
(結婚なんて……!)
娘の父親は、お金儲けしか興味のない成金でした。
父にとってお金だけが正義であり、その為には親兄弟、妻子供に至るまで利用する人間でした。
その為、親類は父を嫌い、兄二人も娘が小さい頃に家を出てゆきました。
兄達が出ていってまもなく、母は亡くなり、
独り残された娘は、成金の父に従って生きるしかありませんでした。
ひたすら父に従い、それでも美しく成長した娘は、
父の取り決めた今日の結婚式を迎えたのです。
顔も知らない結婚相手は、地方の資産家の男爵でしたが、
妻を迎える度に妻が行方不明になる、曰くつきの男爵でした。
しかし、例え評判が悪い男爵であろうと、男爵に変わりはありません。
お金の次に名誉が欲しかった父親は、自ら売り込んで娘を男爵の妻にと差し出したのでした。
元より自由にはならない身と覚悟をしていた娘でしたが、
やはり本心では、結婚をしたくありませんでした。
父を見て育った娘は、男という存在を嫌悪していたのです。
男は皆、傍若無人に振舞う野人であり、結婚し、父親から離れたとしても、
支配される事に変わりはないと思っていました。
娘にとって結婚は束縛であり、愛は幻想でした。
(幸せになる事は、儚い望みなのだわ……)
娘が絶望の溜息をついた時、
残酷なほど確実な鐘の音が、結婚の始まりを告げました。
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