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男爵の元へ嫁いだ娘が、最初に言われたことは
「鍵の掛かった部屋は開けないように」
でした。
結婚式で期待も希望も、打ち砕かれていた娘は、男爵の命令を不審に思うことすら諦め、黙って頷き、受け入れました。
けれど、その次の男爵の言葉は、娘にとって意外なものでした。
「それ以外は、お前の好きなようにして構わない」
かつて父と暮らしていた頃、召使を雇うお金が勿体無いと、
父は家事の一切を娘にさせていました。
その上、父は自分以外の者にお金を掛ける事を嫌い、
娘は髪飾り一つ買う事も許されず、修道女の様な生活を送っていたのです。
縛られる生活には慣れていても、自由に免疫がない娘は、いきなり訪れた自由に戸惑い、持て余しました。
しかし、それはほんの一瞬でした。
男爵の城は大きく、古く、
そして、数え切れない程たくさんの部屋があったのです。
部屋はどれも美しく、独創的で、刺激に満ち溢れていました。
ある日の娘は、輝かしい宝石に彩られた部屋にうっとりと見惚れ、
またある日の娘は、たくさんの名画が飾られた部屋で感動の涙を流し、
そのまたある日の娘は、素晴らしい蔵書の収められた部屋で存分に知識を満たし、
そのまたまたある日の娘は、名匠によって作られた楽器の数々が並ぶ部屋で、甘美な音色に耳を傾けました。
娘は部屋で過ごす時間を、心の底から楽しみ、
その喜びは、何度過ごしても褪せるどころか輝くばかりで、
もっと堪能したくてもどかしくて、娘の心は春の訪れのようにうずうすしました。
(ああ!どうして私は忘れていたのかしら?
こんなにも見たかったこと、知りたかったこと、求めていたことを!)
娘は枯れかけていた自分の心が、瑞々しく花開いてゆくのを感じました。
駆け抜ける様に日々は過ぎてゆき、部屋から与えられた美、感性、知識によって、娘は驚くほど美しく、感情豊かに、洗練された女性へと変わってゆくのでした。
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