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「どした?」
俺の声にはっとした稲葉は、何でもないことのように言った。
「昨日の夕方、日本に帰国した・・・って」
「そうか・・・・」
誰が、とも言わず、誰が、とも聞かず、その人は厳然と俺たちの間にいる。
やっかいだな・・・・と思ってハンドルを切った。
マンションに着いて、着替えてくるという稲葉を車の中で待ちながら、考えていた。
どうしたら俺のそばにいてくれるのだろう。もっと俺のことを好きになってくれるのだろう。
手に入れたいと望み、手に入れた瞬間からもう手放したくないと望む。
欲ってやつは限りないな。そんなことを考えていたら、稲葉が見えた。
白いハイネックセーターにグレーチェックのスカート、キャメル色のジャケットを着ていた。黒いタイツに足元はハーフブーツだ。
どきどきする。これはいい方のどきどきだ。
お待たせしました。と言って助手席に乗った稲葉は、甘い香りがした。
俺は・・・・いくつだ。高校生でもないのに、こんな風にときめいている。
「お前、その服・・・」
「え?おかしいですか?」
そうだ。俺は素直に、優しくするんだった。
「いや・・・・・・・可愛い」
とたんにぱっと稲葉の頬が染まった。
「あ・・・りがとうございます」
こんな可愛い顔が見られるなら、素直になるのも悪くない。
俺はアクセルを踏んだ。
************
街はクリスマス一色で、ツリーやイルミネーションがあちこちに飾られている。それを見て回るだけでも充分楽しかった。
いや、一緒にいるのがこいつだから楽しいんだろうか。
途中で考えるのはやめた。
夕方、そろそろ薄暗くなってきたので、駅前広場の大きなツリーを見に行くことにした。
暗くなってくると、大きなツリーは光が映えて、よけいに幻想的な雰囲気になってくる。
遠目にもそれがわかった。
カップルや家族連れ、高校生たちも楽しそうに広場へ向かっていた。
不思議だ。クリスマスツリーを見ようなんて思ったの、何年ぶりだろう。
稲葉といると、初めての自分にけっこう会える。また、新しい発見だった。
「あ・・・・・?」
稲葉の声に見上げると、灰色の空から、ちらほらと雪が舞い降りてきた。
周りの女の子たちが立ち止まり、歓声を上げる。
俺たちが思わず顔を見合わせて笑顔になった瞬間、俺の足元に柔らかいものが、とんっと当たった。
え?と思った俺の目の前に、赤い物が浮かんだ。
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