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稲葉はふふっと笑った。
「驚くでしょ?」
「いや・・・・それは」
俺もヘッドボードに寄りかかった。本気なんだ、野上さん。
「別れ話をされるって覚悟してて・・・だからよけいに・・・・びっくりして」
「そうか・・・でも、じゃあお前は・・・望んでなかったのか・・・?」
稲葉は足を縮めて、膝を抱えた。
「私・・・このままでいたかったんです。最初から望んじゃいけないと・・・思ってたから・・・」
「それは・・・他の人を不幸にして、自分だけ幸せにはなれない・・・みたいな感じ?」
「うーん・・・それは違うかなあ・・・むしろ、考えることが怖くて。それで・・・終わりにして・・・って言っちゃいました 」
「納得したの?野上さん」
稲葉の頭が、少し左右に揺れた。
「逃げたんです、私。彼からも。決断からも。何もかも怖かった。たぶん・・・変わることすべてが」
「・・・・・・・・・」
「自分の意志とは関係なく、いつか終わるだろう・・・って考えていたのかも」
稲葉はひとつ、ため息をついた。
「ずるいんです・・・・私」
また泣き出すのかと思ったけど、稲葉は泣かなかった。
「私・・・何でこんなこと・・・先輩に・・・話してるんでしょうね・・・?」
「そうだな。でも俺で良かったら何でも聞く」
けっこうかっこ良く言ったつもりだったけど、稲葉は小さく笑った。
「先輩・・・聞いていいですか?」
「うん・・・・何だ?」
稲葉はまた、ふふっと笑った。
「先輩は・・・私のこと、好きだったんですか?」
「え?!・・・俺、なんか言ったか?」
あ・・・・・認めてしまった。
「はい・・・・まるで呪文のように繰り返して」
「なんて・・・・?」
「・・・ずっと・・・お前が・・・好きだった」
俺は天を仰いだ。
めちゃくちゃかっこ悪い。
稲葉はくすくす笑いながら、まだ攻めてくる。
「でも、それがホントなら」
「・・・・・?」
「全然・・・伝わってなかったです」
「・・・・え?」
「だって・・・ずっと嫌われてる・・・って思ってました」
「解りにくかった・・・・俺?」
「全く解りませんでした」
稲葉は、さらに笑った。
「好きなら・・・優しくしてくれたら・・・良かったのに」
それは、俺も思う。そうすればもう少し早く、お前にたどり着けたかもしれないのに。
「ごめん・・・・」
「やだ・・・謝らないでください」
「うん」
部屋は適度に暖かい。隣に好きな人がいるって、こんなに穏やかなことなんだ。
なにも、つらい恋なんてしなくていいじゃないか。
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