第3話

11/14
76人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
俺は不覚にも、幸せな気持ちで稲葉を見た。 稲葉は、膝に肘をついて顎をのせていた。すごく小さくて、素直に可愛いなと思った。 「稲葉」 そっと指を伸ばしてその髪に触れた。びくっと反応した稲葉は、どこか悲しい目をしていた。 ちょっと嫌な予感がした。 声が掠れてうまく出ない。でも言わなければ。 「稲葉・・・お前・・・まさか・・・これっきりにするつもりじゃないよな」 稲葉は俺を見つめていた。何も言わなかった。 俺は柄にもなくどきどきしてきた。これは悪い方のどきどきだ。 「勘弁してくれ。俺、人生初告白だったのに・・・もう失恋?」 稲葉の唇が、ごめんなさいと呟いたように見えた。 まずい。何とか立て直して、主導権を握らないと。 俺は時計を見た。2時を過ぎている。・・・・・あ! 「稲葉・・・・今日、何日だ?」 「え?・・・2・・・5日?」 「うん・・・メリークリスマス稲葉。・・・・プレゼントくれるか?」 言うなり、俺は稲葉の唇にキスした。 一瞬で離れて、まだ、え?という顔の稲葉に、もう1度キスをした。 今度は一瞬では離れなかった。 稲葉の腕が柔らかく俺の胸を押し戻そうとする。 俺はその首筋に手を入れて、さらに唇を塞いだ。 離れるなんて、許さない。 ふっ・・・っと稲葉の身体から力が抜けた。 息をすることを許さないくらい長いキスをして唇を解放すると、稲葉は小さく息をついた。 額と額をくっつけたまま、俺は言った。 「稲葉・・・Tシャツ・・・返してもらうぞ」 稲葉は泣き笑いみたいな顔をした。 何でもいいから、稲葉の心の中から、身体の中から、野上さんを追い出してしまいたかった。 本当に忘れて欲しかった。 「今は・・・・優しく・・・しない」 俺はもう1度唇を重ねて、それから耳許にたどり着いて、その耳許に囁いた。 「お前は・・・耳が感じる」 稲葉はもう、何も言わなかった。 あ・・・・という声が漏れる。 俺は、あの人に負けない。 頼むから忘れてくれ。 俺の腕の中で。 ************ 翌朝、俺はとりあえず今日1日一緒にいることを、稲葉に承諾させた。 キリスト教徒になって、最高のクリスマスを祝いたい気分だ。 1度家に帰りたいという稲葉を車に乗せてマンションまで送る。 目を離すのが不安だったからだ。 ふと静かになった助手席の稲葉に視線をやると、携帯の画面を見たまま固まっていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!