第3話

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俺の勢いに飲まれたみたいで、あんまりしゃべらないでいてくれて助かった。 色々言い出すと、説教じみたことを言いそうだった。 ちらっと見ると、まだ顔色は良くない。 渋滞の間、ずっと考えていた。倒れるくらい自分を追い込んで、それでも野上さんが好きなのか・・・・? こいつ、バカじゃないか。 マンションの前に車を止めると、稲葉は小さい声で、 「ありがとうございました」 と言った。 「バカだな、お前」 こんなに傷ついて可哀想に、と素直に思っていた。 「ひどい顔してるぞ」 と言い、稲葉を降ろした。 このまま乗せていたらきっと、その身体を抱き締めて、泣かせてやりたくなる。 何故、こんなにつらい恋をする。 稲葉には、笑っていてほしい。 あの、花が開くような、ひそやかな笑顔が見たいと、心から思っていた。 *********** あれから2週間と少し過ぎて、街はすっかり冬になった。 野上さんの息子は大したことなかったらしいが、稲葉とは何かあったらしい。 稲葉は、会社で野上さんを見なくなった。それは痛々しいほどに頑なだった。 無理してるんだろうな、と思ったけど、何もできなかった。 逆に野上さんは、稲葉に何か言いたそうだった。 俺は2人の観察日記が書けるな。 12月に入ると、以前もめていたシンガポールの問題が再発し、野上さんは長期出張に出ることになったらしい。 主のいない席を見つめてため息をつく稲葉が、なんか切なかった。 今年のクリスマスイブは金曜日にあたるらしく、ずいぶん前からパーティをやる話は聞いていた。 大谷に誘われて会場のレストランに行くと、けっこう参加者も多くて盛り上がっていた。 しばらく女の子たちに囲まれて、ようやく解放されたら、楽しそうな稲葉を見つけた。 表情は明るい。でも、 あいつ、痩せたな・・・・。 しばらく見ていると、どうもピッチが早い。すでに稲葉の白い頬には赤みがさしている。 あ・・・・また飲んだ。 坂口の背中をばんばん叩いて、またグラスを煽った。 あれ、マティーニじゃないか? おいおい、一気に飲むな。 バカだ・・・・あいつ。 痛々しくて、見ていられなくなった。 気分は最悪だ。また、いらいらしてくる。 俺はため息をついて、稲葉の横へ行き、腕を取った。 へ?みたいな顔の稲葉に、 「帰るぞ」 と言った。
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