第3話

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ちょっと回りがしん、としたけど、この際どうでも良かった。 「坂口」 「はい!」 「稲葉の荷物とコート」 「はい!」 空いた手に渡された荷物を持って、それでも稲葉の腕は離さず、目もそらさなかった。 そのまま稲葉を引っ張るようにして店を出た。 稲葉は、何も言わなかった。 店を出たところで、腕を振り払われた。 「ほっといてください」 「お前・・・なんであんな飲み方するんだ」 稲葉は、きっ!と俺を睨んだ。 「だから、ほっといてください」 俺の手から荷物をひったくると、くるりと背中を向けて歩き出す。 足元がふらつく。 あわてて追いかけて腕を取った。 「どこ行く気だ」 稲葉はまたも腕を払い、 「飲み直します」 と歩き出した。 ああ、なんて世話のやける女だ。 何か可笑しくなって、稲葉の後をついて歩く。 稲葉は振り返った。 「ついて来ないでください」 「飲み直すんだろ?」 「え?」 「いい店がある」 そのまま先に立って歩くと、しぶしぶ稲葉もついてくる。 ほんと、面白い。 近くの「ブルー・ムーン」というバーに連れて行った。 昔よく来た店で、俺も懐かしかった。 「何飲む?」 「じゃあ・・・ギムレットを」 「俺は・・・マティーニ」 稲葉はため息をついた。 「先輩」 「ん?」 「すみませんでした」 おお、素直じゃないか。 「連れ出してもらって・・・・良かったです」 「そうだな、騒がしかったからな」 稲葉は少し、笑った。 「稲葉・・・・聞いていいか?」 「・・・・・はい」 「野上さんと・・・・どうなってる?」 稲葉は息を飲んだ。 「知ってるんですか・・・?」 「ああ・・・・俺はずっとお前・・・・だけを見てきたからな」 わかってるか?稲葉。これ、告白だぞ。 稲葉はギムレットをひと口飲んだ。 「別れたんです」 「・・・・・え?」 今度は俺が息を飲む番だった。 「そうか」 稲葉は寂しそうに笑った。泣いてるみたいな笑顔だった。 つらい話は、もう少し飲んでから聞こう。 「よし!飲むか」 「さっき、怒ったじゃないですか?」 「俺の目の前なら飲んでもいい」 稲葉はくすりと笑った。 花が少し開いた気がして、俺は無性に嬉しかった。
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