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彼女がいない。当たり前と言えば当たり前でした。彼女は歩き去ったのですから。青い瞳を黒い瞳の底に沈め、赤いリボンを揺らして、彼女は何処ぞへと向かったのですから。
さぁさぁ、と涙が零れるように、さくらの花びらが散っていました。空は青く、日は穏やかに照っていました。下生えの草は青々と、時折風に吹かれて揺れました。
うららかな春、彼女はきっといなくなったのでしょう。
*
―――わたしは老いました。
そろそろ、死神がやってくるのかも、しれませぬ。
最後に思い出すのは、もう亡くなった妻でもなく、子どもでもなく、孫たちでもなく、あの少女なのかもしれません。
独り、わたしはさくらの木の下で、呟きました。
「……ゆるゆるゆるり、―――」
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