第1話

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「知っております。生前、祖父から聞いておりました」 「何と言ってました?」 「祖母が亡くなったあとの事でしたが、『わしには大切な娘が一人いた。事情があって会うことが許されないが、その娘の名前をおまえにつけたんだよ』そう言ってました」 「そう、そんなことを言ってたんだ…」 「祖父から、これを預かって参りました」 そう言って、新納早苗さんは一通の封書を私に渡しました。表に「お詫び」と書いてありました。私はハサミで封を切り、中から手紙を出して読みました。中にはこう書いてありました。 早苗へ お母さんと二人で苦労したことと察します。私は事情があって、あなた方二人を捨てて行った悪い父親です。しかし、こうするしかなかったのです。早苗が産まれ、もともと丈夫ではなかったお母さんの身体は深刻な状態になりました。心臓移植と言っても、私にはそんな大金を用意する甲斐性はありませんでした。いっかいの公務員に何がしてやれるでしょう。思いあぐねて、私は新納千鶴子さんと一緒になることにしました。そうして、当時のお金で300万という大金を頂きました。そのお金でお母さんの手術をしたのです。お母さんは死んでも良いから私といたい、別れたくないと言いました。しかし、早苗、お前に母親の温もりを味あわせてやりたかった。母親のいない悲しみを味あわせたくなかった。そうして、お母さんとは合意の上で別れたのです。深い事情については早苗が理解できる年齢までは伏せておくことにしました。早苗が人の親になったら理解できるだろうと思いました。しかし、その前にお母さんは亡くなった。 他人の子を見ては、早苗もこんなふうに育ったのだろうか?と思いをはせました。孫娘にお前と同じ名前をつけたのも、孫娘の成長にお前をダブらせたかったのです。たとえ、離れていても良い。お母さんには生きていて欲しかった。身勝手な私をお許し下さい。私も歳です。万一のためにしたためておきます。 父より 私は父の手紙を読み終えると、もう一人の早苗を抱き締めました。 終り
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