5人が本棚に入れています
本棚に追加
男の胸ぐらを掴み上げていた手は今は徹平の首を掴み、驚く事に徹平の体を持ち上げていた。だが、男はこれで解放されたらしく、結果はどうあれ徹平の目的は果たされた。
視線で今のうちに逃げるように促すと、男は転けながらも路地裏から逃げ出した。
興味が失せたのか、ユウカは逃げ出す男には目もくれずに徹平をにらみ続ける。
「邪魔をするなって伝わらなかった?」
徹平の首に指がさらに深く食い込んだ。
(これ、女の力かっ!?)
徹平を睨むユウカの目が鋭さを増す。脳に送られる酸素が少なくなってきたのか、思考することが面倒になってきた。
なんでこんなことになっているのだろうか。何がどうなったら好きな子に首を絞められる状況になるのだろうか。ああ、でも何か良い匂いがしてきた。
思考も混濁し始めた瞬間、路地裏に新たな声が響いた。
「こら! 君たち何してるの? その制服、うちの生徒でしょう」
若い女性の声だ。叱るような声であっても落ち着きを孕んだ声がした後、誰かが近づいてくる音が徹平の耳に届いた。
ユウカはその姿を確認したのか、徹平を解放すると慌てたように路地裏から走り去っていく。
「君、大丈夫? 私が分かる?」
徹平のぼやけていた視界が段々と明瞭になっていく。
そして、その顔を見た瞬間、徹平は驚きの声を上げた。
「ク、クロス先生っ!? 何でここにぃっ!!」
「ほら、暴れない。私は見回りでここにいるの。新人教師のツラいところね」
年齢に釣り合わないたおやかな笑みを浮かべ、徹平が怪我をしていないか触診を行っていく。
説明を受けてもなお状況が信じられない徹平は目の前の人物が自分が知っているユノア・クロスと同一人物かを照らし合わせる。
腰の半ばまではあるだろう艶やかな黒髪。どこかのモデルと見間違えそうな程に整った顔立ち。そして、先ほど聞いた人を落ち着かせる優しい声音。紛れもなく徹平の学校の養護教諭であるユノア・クロスだった。
「うん。軽い打撲ね。先生の家も近いし、そこで手当てをしましょう。立てる?」
「あ、はい。大丈夫です」
ユノアに手を引かれて立ち上がり、一つの事に徹平は気付き、固まった。
最初のコメントを投稿しよう!