英雄の娘

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 さて、私たちが生きるこの世界は君たちが小学生ぐらいの頃……そう、今から十年ほど前だ。この世界は一つの大きな転換期を迎えた。それが何か分かるかな?  ……そう。彼らとの接触だ。私たちがいるこの世界とは異なる世界の住人たちとの出会いだ。だが、それは歓迎できるものでは無かった。それは何故か。簡単な事だ。彼らはこの世界に自分たちの問題を持ち込んだからだ。  全くもって許容できることでは無いのだ。彼らは自分たちの問題をこちらに持ち込み、この世界を破壊しようとしていた。とてもじゃないが、それは許容できるものでは無いのだ。 「そう思うだろう? 神楽坂」  教壇に立つ白髪混じりの男の視線が一人の女生徒を射抜いた。蛇のように狡猾そうな瞳がメガネのレンズ越しに女生徒をジッと見据える。  神楽坂と呼ばれた視線の先の生徒――神楽坂ユウカは男の問いかけに気づいた様子を見せずに教室の外に視線を向けている。  教室内の空気が冷たくなり、重くなったような気が教室にいる生徒全員がしていた。  その理由というものも、ユウカは教壇に立つ男の問いかけに気づいているにも関わらず、無視をし続けているからだ。そして、男もまた、ユウカが”どういう人間”か分かっているにも関わらずあんな問いかけをするからなのだ。  時計の音だけが木霊する教室に、再度男の声が響いた。 「どうなんだ、神楽坂?」  男の呼びかけに、ユウカが動いた。  肩甲骨の下ほどまである燃えるように赤いサイドテールを揺らしながら立ち上がる。剣呑な光を宿した吊り目気味の瞳が男を射抜いた。無表情ととも取れるその表情は、均整のとれた整った顔立ちも相まってより一層恐ろしいものになっている。  その威圧感に押されてか、男の顔も若干ひきつっているように見える。  ユウカが動いたことにより、教室という空間の中に確かな敵意が充満した。 「……――っ」  今まさにユウカが言葉を発しようとした瞬間、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。それと同時に、教室内に充満していた敵意も嘘のように霧散して消えた。  教壇に立つ男が授業の終了を告げると、教室にいる生徒は全員安堵の息を漏らした。  クラス委員が号令をかけ、それにならって生徒は全員動く。  授業が終ると同時にユウカは教室を出ていった。 「てっぺーくーん」 「うぉうっ!?」
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