英雄の娘

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 いきなり背後から現れた気配に、声をかけられた少年、水橋徹平は奇妙な声を上げた。  聞き慣れた男の声にも関わらず、意識が別に向いていたせいで変な声を上げてしまった。  ほんの少しばかり羞恥の色を顔に浮かべつつ、背後の人物に向き合う。 「なんだよ、深雪。何か用か?」 「おう! この後だけどさ、暇か?」  人懐っこそうな笑みを浮かべる深雪に、徹平は唐突な問いに疑問を抱きつつ暇だけどと返した。  徹平の答えに深雪は神妙な面持ちでうんうんとうな頷いていた。  暇か。そうか。暇か。それは良いことだ。などと一人で訳のわからない事をごちている。  いつもながら、この友人の考えてることはよく分からない。いきなり質問してきたかと思えば今のように一人で勝手に唸り始める。  そして、徹平は今までの経験からこの一見軽そうな友人が今回のように唸り始めると絶対にろくな事は言わないのだ。 「神楽坂を遊びに誘おうぜ!」  教室中から驚きの声と制止の声が上がった。  アイツだけは止めておけ。自殺するつもりか。命を大事にしろ。  教室中からそんな声が飛んでくる。男子生徒だけでなく、女子生徒まで同じように止めようと声をかける。  相手が相手だから当然だろう。真偽のほどはともかくユウカには色んな噂があった。  やれ素手で校舎の壁を砕いたなど、やれ十数人の男を相手にして全員病院送りにしたなど、やれユウカを苛めていた生徒が唐突に学校に来なくなったりと不穏な噂が山のようにあった。  加えて学校の教師と不仲なため、完全に不良のレッテルを貼られている始末。同年代と思えない美貌にモデル顔負けのスタイルも相まって完全に学校という空間でユウカは浮いた存在になっていた。そして、そこからついたあだ名が孤高の女帝。  近寄るな。関わるな。機嫌を損ねるな。それがユウカに対する学校の規律のような物だった。  そして、今まさにその規律を破ろうとしているのがこの目の前の友人なのである。  徹平は内心で溜め息を吐いた。自分は見た目通りの大人しい男なのだ。下手に面倒事は起こしたくないし、自分から死にに行くような人間でもない。だから、ユウカを誘うなどという暴挙に巻き込まないで欲しい。  徹平は内心でそう思うが、自分の性格を省みれば結局は友人に押しきられるのだと半ば諦めていた。
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