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「隆君、良く来るんですか?」
細い脚のカクテルグラスを、静かに目の前に滑らせながら、マスターが答えた
「いや~、滅多に来ないよ。営業時間、被ってるからね。半年に一回じゃないかな」
それを聞いて、ほっとした。流石に、此処でばったりなんてバツが悪い
それっきり、隆の話はふって来なかった。さり気ない会話をしながら、時間は過ぎる
「マスター、帰ります。又、来ますね」
もう、このビルに足を運ぶ事は無いだろう・・
「早いね、又、おいでよね」
ドアを開けると、一つ上の階からお客達の声が聞こえた。ちょうどお客が帰るところなのだろう
「またね~マスター」
「ああ、またおいで。待ってるからね」
隆の声、思わず息をのんだ。エレベーターが閉まる音が聞こえる
知っているお客かも知れない。エレベーターのボタンは押してしまっていた
慌てて、非常階段に向けて歩いた。頭上で、コツコツと歩く音が聞こえる
カチッと、ライターの音が聞こえて来た。きっと、隆は階段から外を眺めて煙草を吸っている
物音をさせない様に、背中を壁にもたれてみる
「おやすみ~」
頭上から、隆の声がまた聞こえた。帰って行くお客に、上から声をかけたのだ
暫くして、廊下に足音が響いて、カチャリと店のドアが開いた。少しだけ、店のBGMが大きく聞こえて、直後に消えた
私は、静かに非常階段を降りた
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