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「抱きたい男」
カウントダウン: Strawberry
”
芸術のための芸術は美しいかも知れない。
しかし進歩のための芸術はもっと美しいのである。
ヴィクトル・ユーゴー ”
——甘酸っぱい香りに鼻孔をくすぐられた。
どこからか漂う甘い香りは、汗と埃の混じった空気の中では異質だ。
まるで砂漠に咲く一輪の花のように、ショーへと集中するべきダンサーたちも彼らをサポートするメンバーも、その甘い香りがどこから漂ってくるのかに興味を向けている。
「オーナーから苺の差し入れでーす」
その香りの主を誰かが応える。
徹夜明けで掠れた男の声が、バックステージの廊下に響き渡った。
新しい年へと変わるカウントダウンステージのバックステージは慌ただしく、楽屋にはひっきりなしにダンサーが入ってきては、出ていった。
本番の真っ最中にスタッフの一人が、ステンレスのトレイに真っ赤に熟れた苺を山にして狭い通路へとやってくる。
ここはステージのすぐ裏手通路にあり、今まさに展開しているステージの曲が大音量で耳を揺らしている。
ダンサーの1人がその赤い果実を口の中へと放り込んだ。途端に、空気に果実の甘い香りが混じる。
今夜のステージに立つ出演者達がその甘い実を口へと運ぶ中、私は両手を動かし、彼らの衣装を着せていく。
バックファスナーを引き上げ、背負ったショルダーから飛び出ているワイヤーのカンナの緩みをチェックする。
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