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端的にその原因を言えば、
『彼』は今、『奴』によってイジメを受けている。
事あるごとに裏に呼ばれ、
蹴られ、殴られ、吊され、金を取られる。
酷いときにはここに記せないような写真を撮られ、「学校中に撒くぞ」と脅される。
気が弱く、友人の少ない『彼』は誰に相談することもできず、ただ従うしか手がなく。
『奴』はその表面的な人当たりの良さとケンカ強さで、ほぼ大多数の人間の支持、あるいは服従の姿勢を学年中から受けており、
先生に対してはクラスを引っ張るリーダー格、女子に対しては気配りのできる優しいナイスガイ、気の弱い友人に対しては「守ってやる」というスタンスを取る兄貴格、
そして、喧嘩っ早いヤンキー連中に対しては常にその先頭に立つ番長格になるなどして、
八方美人というに相応しい、何事にも周囲の支持を受けられる人間像を形成していた。
すくなくとも生徒の中に『奴』に苦言を呈す、あるいは刃向かう者はいない。
故に、『彼』へのイジメ一つにしても、学年の多数が賛同、あるいは黙認、あるいは知ろうとしない。
『奴』の下に付くことが学校での安泰の生活の一つのスキル。現状、この学校の暗黙のルールでもあった。
本来なら、『彼』も『奴』の配下としてならいわゆる「イジメ」を受けることも無かったのだろうが、
しかし不運なことには、
『奴』にとって『彼』は、自分のスター性の一部を奪われかねない危険分子、つまり学校においてその地位を唯一ひっくり返されかねない目の上のたんこぶだったのである。
高一のスポーツテストで、『彼』と『奴』は50m走で初めて対戦した。
その頃既に人気者、運動神経学校一の称号を手中におさめていた『奴』は、
その地位を盤石にする「50m走」一位の称号を自分のタイトルの一つに追加しようと思っていた。
というよりかは、ほぼその勝利は確定していた。事実として間違いなく、『奴』
はその学年で一番足の速い人間だった、
『彼』が現れるまでは。
同じ列の走者として計測をスタートした『奴』は心底驚いたことだろう。
隣のレーンの『彼』は、スタートダッシュの時点で『奴』に身体半分の差はつけていて、
しかもその差は広がる一方だった。
全くノーマークの帰宅部に負けたとあっては格好もつかないと、『奴』は焦りに焦った。
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