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『先生』は、悔しそうに下を向いて拳をカタカタ奮わせている『彼』の様子を見て、
その肩に手をおいてひとしきり慰めたあとにこんなことを言った。
「カブラヤオーを見てどう思う?」
どう思うもこう思うもない、と傷心した『彼』は思ったに違いないだろう。
返答に、「僕なんかとちがって根性があって、自分の力を存分に発揮できていて強いです。」と言葉を作って言い渡した。
あれだけの根性が、あれだけの勝ちへの執念があれば自分にも…………いや、ないからこそ勝てないのだ。
そんな自分への回りくどい嫌悪を込めて。
正直に言うとここでも、彼は何か言われるだろうと思った。
君には根性は本当はあるんだよ、とか何とか。
先ほども書いたとおりに、これまでそれは関わる大人の常套句だったのだ。
たぶん、そんなことを言うために『先生』も自分にこんなものを見せたのだろうと『彼』は諦め加減にそんなことを思っていた。
しかし『先生』は意外なことにその『彼』の自虐には特に特別の反応を示すこともなかった。
「そっか。」と一言、ふふと微笑み加減に笑うと、
それからビデオデッキからDVDを取り出しつつ曰く「そりゃあ、強く見えるよね」と一言二言当たり前の事をつぶやいてから、
その後の『彼』の方向を変えてしまう、『彼』にとってあまりにも衝撃的な事実を告げた。
「でも、カブラヤオーに根性はないよ。
強かったのは身体だけ。
あとは本当は弱虫なの。根性無しなの。
ある意味、君とおんなしかな。」
その言葉を聞いて初め、『彼』は『先生』が気でも違えたかくらいに思った。
名馬カブラヤオーと自分?似ても似つかないじゃないか。
それに、カブラヤオーが根性なし?弱虫?ダービーを逃げきって勝っているのに?
強かったのは身体だけ?自分と同じ?
と、そんなふうに。
「おっしゃる意味がわかりません」
ほとんどバカにするような言い方で『彼』は先生にそういった。
その言葉の中には、カブラヤオーや自分をバカにするなという意思も含まれていたと思う。
が。先生はやはり薄く笑み、自分自身の言葉を訂正することなく、
「カブラヤオーは本当に君に似てるのよ。」とケースにDVDを直しつつもう一度繰り返した。
呆気に取られて『彼』が黙り込んだところを、『先生』はその理由を語りはじめる。
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