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「カブラヤオーはね。
昔、まだ牧場にいた時代に散々にまで他の同世代の馬にイジメられてたの。
毎日毎日、明けて日が暮れるまで事あるごとに。
蹴られ、踏まれて、身体ボロボロになるまでね。
そしてそれが、ずっとトラウマだった。
二歳になって、競走馬として立派にデビューする頃になっても、勝ち上がって強い馬と対戦することになっても
他の馬が怖くて仕方なかったの。
またイジメられるか、何されるかわからない、
馬なのに他の全ての馬が彼にとっては敵だったの。恐怖の対象だったのよ。
だから、カブラヤオーは『逃げる』しかなかった。
他の馬が横にいるとパニックになってしまうから、身体の強さに任せて飛ばしまくるしかなかったの。
今見たダービーも一緒。
横に馬をつけたらカブラヤオーは怖くて怖くてどうしようもなくなっちゃうから、横に誰もいなくて済むように『逃げ』た。
そして、直線で他の馬に詰め寄られたとき、
その恐怖心から逃れようと他の馬からまた『逃げ』た。恐怖心から、もう一段階加速した。
つまりそういうことなの。
根性に見えたかもしれないけど、あれはそうじゃない。
弱さを晒していただけなのよ。」
だから。君に似ているのよ。
さらに呆気に取られた『彼』に『先生』
はそう言って。
「イジメ………られてたんですか、カブラヤオーは。」
『彼』は動揺を隠さず言った。
あんなに強いカブラヤオーが?
というより、強いカブラヤオー?
本当に逃げていた?怖かった?
あれは、根性ではなく弱さなのか?
弱さを露呈しながら走っていたのか?
自分と一緒?事実なら確かに何も変わらないではないか。
と。
衝撃のあまり口をぱくぱくさせて言葉も出ないその心の弱いイジメられっ子に、
真に言いたかった事を告げた。
「人間も裏を返せばそんなものなのかもしれない。
強く見えて、実は弱くて。
弱い部分に見えて、それが結果的に強さに繋がったりもして。
追ってるように見せていて実は逃げているだけかもしれなくて、
逃げているのも勝つためだったりして。生き残るためだったりして。
一見した弱さも、何かの役に立つかも知れなくて。
だから。
だから、私が君に言いたいことはーーーー」
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