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暗い階段を手探りで下ってゆくと、やがて両脇にぼんやりとキャンドルのあかりが灯り始めた。
古めかしい蝋台に揺れる炎は、僕を異世界へと誘う篝火(かがりび)のようだ。
突然、鏡張りのドア。
黒いマントに身を包んだ、痩せた悪魔の使いが映り込み――。
「やめてよ」
僕は己の姿に驚き思わず立ちすくんだ。
だけど
本当の恐怖が
待ち受けているのは
この先さ――。
ドアを押し開ける――。
そこはまるでベルサイユ宮殿の鏡の間。
鏡に反射した無数の蝋燭の光は不気味なほどに美しく夜の世界を彩る。
「いらっしゃい」
マリー・アントワネットも真っ青なかさ高いカツラをかぶったドラッグ・クイーンが、エントランスのブースから僕を見下ろしていた。
「誰の紹介?」
目元の原型をとどめないほど重ねたつけ睫毛の奥。
鋭い瞳が僕をとらえた。
「いかがわしい世界じゃ、一番偉い人」
僕は肩をすくめて、どうにか彼女を丸めこもうと赤い舌を出す。
「だとしても未成年の入店はお断りよ」
だけど案の定。
異形の門番はそっぽ向いてしまった。
「ねえ、お姉さん。そんなこと言わないで僕を助けてよ。人を探しに来ただけなんだ」
砂糖菓子ほど甘い僕の声音に
「あら、誰をお探し?恋人?」
長い爪を研ぎながらも、彼女はほんの少し興味を示す。
「お忍びでいらしてる王様さ」
ドラッグ・クイーンは鼻で笑った。
「ここでは誰でも王様よ」
それでも一瞬だけ――。
彼女の大仰な動きがぴたりと止まったのを僕は見逃さなかった。
――やっぱりここにいるんだ。
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