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「あ、あっちです。 そこを右に曲がって奥!!」
雑な店員の雑な案内に疑問を抱きながらやって来た、座敷部屋の前。
そこには既に何十足もの靴が並んでいる。
宴会が始まってかなりの時間が既に経っているはずだ。
俺は襖に手を掛けようとして、躊躇った。
中学時代の担任である菅井盛と俺が入っていた剣道部の副顧問の中野麻里子が結婚することになり、同窓会もかねて集まろうという話になった。
麻里子にはかなり世話になったし、彼女の明るい性格もあって、半ば強引に俺の同窓会参加が決まったのだが、菅井が一緒にいるのかと思うとかなり気が重い。
麻里子は問題じゃない。
問題は、菅井の方だ。
あの先公に会わせる顔が無い。
やはり、来るべきじゃなかったのかもしれない。
後ろで店員がおれを見ながらこそこそと話しているのが聞こえる。
マスクをしていたがやはりそれだけではダメだったか。
年末の忘年会シーズン。
騒ぎになったらそれこそ大変だ。
ばれる前に帰ろう、と踵を返して入り口に向かおうとした時だった。
「あれ? 内田君じゃん!! いつもテレビで見てるよ!!」
大きな声でしゃべりながらこっちに向かってくる麻里子。
三十を過ぎてもどこかこどもっぽい明るさを持つ彼女は、無邪気にも手を振っている。
トイレにでも行ってきたのか、手にはハンカチが握られていた。
そしてその彼女の声を聞いて、客や店員が一斉にこっちを向く。
何してくれるんだよ……。
俺は知らないふりをしながら店を出ようとした。
すると麻里子がおれの腕をつかむ。
「何知らないふりしてんの!? ちゃんと分かるんだからね、内田昴君!!」
していたマスクをはぎ取られてしまう。
周りのざわめきがさらに大きくなった。
あ、内田だよ……。
お笑い芸人の? 本物じゃん!!
すごーい……。
そしてついに、顔を赤くしたサラリーマンのおっさんが立ち上がり、俺を指差して叫んだ。
「芸能人じゃねーか!!」
最悪だ……。
「先生、とにかく座敷の中に……」
麻里子はきょとんとしている。
「どうしたの? なんかすごい不機嫌じゃない?」
何がいけなかったのか分かっていないらしい。
麻里子は昔からこうだった。
どこか鈍いところがある。
俺は説明するのも面倒くさくなって、ポケットから携帯を取り出す。
掛けた先は、五分前に別れたばかりのマネージャーだった。
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