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陽香は俺の腕の中でもぞもぞと動くと、自分の髪の先を摘んでじっと見た。
そして、悪戯っぽい目で俺を見上げてくる。
「ねえ、仁志くん?」
「……うん?」
「もう一度、お願いして」
「……え」
「いいでしょ。もう一度。仁志くんがしゅんとしながらお願いしてくるなんて、珍しいんだもん」
くすくすと笑いながら、陽香は俺の腰の辺りに手を回す。それこそ、何かねだるように。
“お願い”をねだる……って、なんか面白いな。
思わず苦笑してしまった。
陽香からの期待の視線を受けながら、しばらくグルグルと考えてみる。
中途半端にやると恥ずかしい。こういうのは。
黙っていようと思ってたのに、これだもんな……。
黙っていたかったことを自分の口で言ってしまい、本当はそれだけで恥ずかしい思いをしてはいる。
しばらく考えてから、俺は最近話題になったドラマをふといくつか思い出した。
「陽香」
「うん?」
どんなお願いが飛んでくるのか──と期待の眼差し。
この目をされると、初めて出会った小さい頃を思い出してしまう。
笑い泣きしそうになったのを何とか堪えて、陽香の両肩に手をかけた。
「う、ん?」
“?”マークを頭の上に乱舞させながら、陽香は俺がゆっくりと促すまま、またリクライニングチェアに腰を下ろす。
「仁志くん?」
きょとんとしている陽香の前に跪いて、胸に手を置く。
俯いて、笑い出しそうになる恥ずかしさをぐっと飲み込んだ。
今だけ、俺は俳優。俳優。俳優。
「──陽香お嬢様。お願いします。俺の為に、髪を伸ばしていただけませんか」
言い終わると共に、真っすぐ陽香の顔を見た。
──すると。
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