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しかし、人間というのはつくづく皮肉な生き物だ。
こうして満たされて、もう何もいらないなんて本気で思うくせに、またすぐに何かが欲しくなって心はカラカラに渇いてしまう。
その繰り返しで、冷めた気持ちになった時はいつか飽きやしないかと心配になるくらいなのに。
結局、その兆しさえない気がする。
学校じゃ、品行方正で非の打ちどころのない教師、という評価なんだけどな。
一皮剥けば、煩悩だらけ。
それを知っているのはごくわずか一部の人だけだ。
その最たる存在である陽香がここにいて、無防備に暮らせるこの幸せ。
溺れないわけないし……。
自分で自分に呆れてクスッと笑った瞬間、グウ……と腹が鳴った。
ふたりでふと顔を見合わせて、同時に吹き出して笑った。
「ひ、仁志くん、こんなことしてる場合じゃ……」
「……ごめん。だって」
「シチュー、温めるから。少し待ってて」
「じゃあ、シャワー浴びてくるよ……」
「判った」
まるで新婚のようなこんなやりとりに、毎日きゅんとしているとか、気持ち悪いだろうか。
結婚したらしたで、“新婚だな……”とか噛み締めて幸せになるんだろうな。俺。
俺は、小さな苦味をいちいち拾ってしまうような、不毛な人間なんだけど。
同じくらい、小さな幸せを見つけるのが得意なんだ。
鈍感な人間だったら、絶対に判らない。
その優越感をこっそり抱えるくらい、許されるかな。
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