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「……ん……」
俺の下で、陽香がもぞ……と身じろぎした。
すると、彼女は俺の気配に気付いてゆっくりと瞼を開ける。
すぐ目の前にある俺の顔を見て、驚く様子もなく「んー……」と瞼を軽くこすって起きた。
「ただいま」
「おかえりー」
寝起きの掠れた声が可愛らしくて、また笑ってしまう。
「ん? 何笑ってるの?」
「ううん。何でもないよ」
それでもまだぽかんとしている陽香の顔が可愛くて、改めて口唇を寄せた。
素直に目を閉じた彼女の口唇にトン、と触れるだけのキスをして、立ち上がる。
「あ、ねえ。仁志くん」
「何? お腹空いたな」
思ったことをそのまま口にすると、つん……と軽くカーディガンを引かれた。
「なにか話があるんでしょう?」
「え?」
虚を突かれて、思わず呼吸が止まる。
振り返ると、陽香はぽちぽちと携帯を操作し始めていた。
「今日ね。浅海さんから、メール来たの」
「……」
思わず半分笑顔のまま、眉根を寄せる。
……あの人は……本当に、もう……。
おせっかいな上、いつも一言多い旧知の仲の先輩。
言うまでもないような俺のモヤモヤを聞き出しておいて、陽香に報告するとか。
これから先、俺が何も話さなくなるんじゃないか──なんて、思ってないんだろうな、別に。
まあ、この件だって、腹を立てるようなことじゃないし。
些細なこだわりを捨てきれない俺が悪いだけの話だし。
「……うん」
観念したように睫毛を伏せ、うんうんと俺が何度も頷くと、陽香の方が心配そうな顔になる。
「何? 何か、嫌なことでもあった?」
「嫌なことは、教頭先生の空気の読めなさかな」
「え?」
「……って、それはただの職場の愚痴。陽香に話をしたかったのは、そのことじゃないんだ。別に」
「ううん。あたし、何でも聞くよ。何もできなくても、一緒に考えるくらいは……」
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