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「──髪、また伸ばしてくれないかな……」
噛んでしまったりしないように一気にそう言うと、腕の中で強張りかけていた陽香の身体から、ふっと力が抜ける。
「……。……え、え……?」
一瞬何を言われたのか判らない、という様子で陽香が頭の上に「?」マークを連発させている。
いや実際そんなもの出せないし見えないけど。何となく、空気で。
もう一度、陽香のうなじ辺りから指に髪を絡ませていって、毛先に向かって滑らせていく。
「俺、こうして陽香の髪触るの好きなんだけど」
「う、うん……?」
「いい? ほら」
肩くらいまでの陽香の髪は、すぐに俺の指から離れてさら……と戻っていく。
「昔は、腕を伸ばしても陽香の髪が指についてきた。俺、その感触がすごく好きだったって、最近気付いて」
「……最近?」
「……陽香と再会してから」
「……」
「何て言うの。失ってから気付いた、っていうのに似てる」
「……」
しばらく沈黙する陽香。
やっぱりまずかったかな……と思った瞬間、陽香の手が俺の腰にそっと回される。
そして、彼女は堪え切れない様子でクスクスと笑い出した。
「……あの」
「もう。何かと思った。緊張して、損しちゃった……」
「……だって……」
「長いの、好き?」
「……みたいだ」
気分的に何となく小さくなってしまいたい感じで答えていると、陽香は顔を上げる。
「なあに、“みたいだ”って」
「……そんなのあまり考えたことなかったんだよ。似合っていればいい、って思ってて」
「うん」
「でも、陽香とまたこうして一緒にいられるようになって、髪が短いな、寂しいなって思って……」
「ふうん……」
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