監察日誌:山上と新人

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監察日誌:山上と新人

 はじまりは、山上の何気ない一言だった。 「今日フワフワしてて、足の速いヤツに出逢ったんだ……」  俺は手元にある書類と格闘しながらだったが、その異質な一言に反応し、眉間に深いシワを寄せながら、しぶしぶ顔を上げた。 「何だ。その変な形容詞は……なぞなぞか?」  応接セットの椅子に座り、テーブルに長い足を乗せて、口元に魅惑的な笑みを浮かべて俺の顔を見る山上。 「ん~……。ピンクのウサギくんって感じかなぁ」  嬉しさを隠しきれない様子に、呆れてため息をつき、デスクに頬杖をついた。いつもなら―― 『使えそうなヤツ、〇〇で見つけたさ』 『良さげな人材、信じられないところから発掘したぞ』  なんて台詞通りに実に分かりやすく、知らせていたけれど。ピンクのウサギくんって、一体…… 「山上、見ての通り俺はすごく忙しいんだ。戯言なら、他所で報告してくれないか」  吐き捨てるように告げ、書類にさっさと視線を落とした。山上はチッと舌打ちして立ち上がり、俺の傍にやって来る。 「その内こっちに来るから、紹介するよ」 「俺に紹介するまでに、潰れなきゃいいがな」  今まで山上が連れてきたヤツは、一ヶ月も持たずに消えているから。  顔を上げずに視線だけで山上を見ると、相変わらず嬉しそうな表情をキープしていた。 「アイツはそんな、ヤワなヤツじゃないよ。フワフワしてるけど、芯は強いと見たね僕は」  ――お得意の刑事の勘、ですか…… 「分かった。楽しみにしてる」  その日一日、ご機嫌で過ごした山上だったが翌日は一転、不機嫌丸出しで現れた。 「毎日騒々しいな。一体どうしたというんだ?」  前日同様にデスクに頬杖をついて、呆れた眼差しを山上に向けてやる。 「どうしたもこうしたもないよ。水野のヤツ、僕の家の力を断りやがった」 「水野? 昨日のピンクのウサギくんのことか?」  山上の家の力を断るなんて、珍しいヤツがいるもんだ。  俺が目を細め嬉しそうにすると、ますます苛立った様子になる。 「関……何だよ、その顔。僕の不幸を喜んでるのか?」  何をやっても様になる山上は、格好よくデスクにひょいと腰かけ、俺に大きな背中を向けた。 「昨日お前は言ったじゃないか、芯が強いって。その強さで必ず、ここにやって来るだろう?」  その寂しげに映る背中に、そっと問いかけてやる。 「せっかくバカ長、飛ばしたっていうのに、すぐに来ないなんて僕の計算が、大幅に狂ってしまったじゃないか」  俺の問いかけを無視して、他にもブツブツと文句を言い続ける山上。 (やれやれ――相当、頭にきているらしいな) 「良かったじゃないか。大嫌いなデカ長がいなくなって。お楽しみは、あとにとっておけってことだよ」  何かにつけて山上に媚びを売っていた、目障りな上司が消えたのだ。なので、悪いことばかりじゃない。  俺の台詞に、うんざりとした顔で振り返ると、 「お楽しみ過ぎて、明日にでも忘れるかもな……」 「まったく……。俺は首を長くして、待つことにするよ。さて今日は一時間後に、お前の部署に参上するからな。市の公園管理所から、この間の件で苦情がきているんだから、覚悟しておくように!」  公園での捕り物劇で、いろいろ破壊した山上。これも、いつものことなのだが。 「あ~あ。水野も関みたいに指定された時間に、ちゃっかり来ないかなぁ」  無理な願望を呟きつつデスクから降りると、しょんぼりしながら部屋を出て行く。  普段見せない、そんな寂しそうな顔を見たら、手を貸してしまうじゃないか―― 「その水野くんが来る日を、俺が調べてやるから、それまで指折り数えて、頑張れ山上!」  まさかこのときは親友がソイツに、恋心を抱いてるなんて思いもしなかった。 「サンキュー……楽しみにしてる」  振り返らず右手を上げて出て行った姿に、呆れ返ることしか出来なかったのである。
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