監察日誌:山上と新人

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***  次の日、車を駐車場に停め、署内の玄関目指して、足早に歩いていた。前方にひどく肩を落とした、長身で細身の男性が俯きながら、とぼとぼ歩いている。  その横顔を見て、つい最近見た書類の写真をふと思い出した。 「ピンクのウサギくん……」  いい機会だから挨拶しようと近づいたら、首の後ろに見覚えのある噛み痕があるのを、目ざとく発見してしまった。  それを見て、眉根を寄せるしかない。まさかとは思うが、この痕を付けた犯人は、山上だろうか――  愛情が屈折したヤツだから、相手を求めることになったとき、これでもかと自分を押しつけながら貪るんだ。山上の癖その一が、噛むことだから―― 「水野くん……」  躊躇いながら声をかけたが、何か考え事しているらしく、あっさりと無視された。  はあぁとため息をついた水野くんの左肩を掴むと、かなり驚いた顔をして、バッと振り返る。 「君は、耳が遠いのか?」 「へっ!?」 「先ほどから君を呼んでいた。水野くん」  じっと顔を見つめると、緊張した面持ちになった。 「失礼しました。考え事、してまして……」 「考え事ね……。まぁ一緒にいる山上が、苦労の種だろう」  俺は眉間にシワを寄せ、目を細めて憐れみを示した。 「ああ、紹介が遅れたね。自分は監察官の関と言います。山上とは同期なんです」 「同期……監察官……」  力なくぼんやりと、俺の言葉を繰り返す。 「山上の始末書の数々には、まったく呆れ果てる。そう思わないか?」 「はあ、そうですね……」  山上の話をすると、途端に顔が曇った。何かあったのは、間違いなさそうだ。 「それに手が早い。相手の気持ちなんて、お構い無しだからね。山上の噛み痕、ワイシャツから少しだけ見えてる」  俺は自分の後頭部を指差して、水野くんに教えた。 「か、噛み痕っ!?」  ビックリした水野くんは、慌ててワイシャツの襟を引っ張り上げ、見えないよう過剰に反応する。 「俺の視線がたまたまソコだったから、見えただけだ。少しだけだと言ったろう? 神経質にならなくても、いい」  呆れた表情で言うと、軽くため息をついて、すみませんと呟いた。 「山上に迷惑なことをされたなら、俺に言えばいい。喜んで飛ばしてやるよ?」  その言葉に、水野くんが口を開きかけた瞬間―― 「こらぁ、僕の水野を天下の玄関口で口説くなよ。関っ!」  片手にコーヒーショップで買った紙袋を持ち、俺たちの前に颯爽と現れた山上。俺は横目で水野くんを見ると、困惑の表情をありありと浮かべながら俯いていた。 (いろんな意味で、タイミングが悪い……) 「貴様が水野くんに変なことをしたのは、一目瞭然だぞ。癖とはいえ、自重しろよ。まったく……片目を瞑ってる、俺の身になれ」 「はいはい、自重しますよ~」  いつも通り反省の色が見えない、山上の台詞に呆れ果て、吐き捨てるように告げてから、その場を素早く離れた。  さてこの後、どう説教してやろうか。首を長くして、監察室で待つことにしたのだった。
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