監察日誌:悲劇の行方

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***       それから二ヶ月後、俺の予想通り二人は相思相愛になる。  その日いつものように仕事していた俺の元へ、頼んでいた書類を手にした山上がやって来た。公園での一件以来、ここ最近は必要最小限の会話しか出来ずにいたのが、若干ストレスになっている。 「遅くなって悪かった。ちょっと仕事が立て込んでて……」 「同じくこっちも、てんてこ舞いだったから大丈夫だ。忙しい中、済まなかったな」  山上から書類を受け取ろうと手を出したら、渡さない勢いでそれを握りしめる。 「どうした?」 「……あのさ、関……」  トーンを落とした声に、まじまじと顔を見た。眉根を寄せて、かなり困惑した様子に、何を喋ろうとしているのか、すぐに分かったけれど――自分から口火を切ることじゃないので、そのまま黙って様子を窺う。 「……水野と、付き合うことになったから……」 「へぇ良かったじゃないか。付き合うのは構わないが、仕事サボるなよ」  俺が微笑むと手にした書類から、ふっと力を抜いた山上。 「どうしてそんな顔して、良かったなんて言えるんだ。お前だって水野が好きなんだろう?」 「まだそんなことを言ってるのか。しつこいぞ」 「しつこいのは、どっちだよ。いい加減に認めろ……」 「何とも思ってないのに、認めたところでどうなる?」  俺はデスクに頬杖をついて、呆れた視線を山上に飛ばした。 「水野は魅力的なヤツだ。笑顔は可愛いし、一生懸命に仕事している姿なんて、いじらしくて堪らなくなる。関が好きになるのは、当然のことだと考えたんだ」  真剣に説明する山上の姿に、思わず吹き出してしまった。 「惚気を通り越すと、お笑いになるんだな。ホントいい加減に」 「どうしてそうまでして、隠し通す必要があるんだ? 僕は今まで、お前だけには全部晒してきたっていうのに。その態度でどれだけキズついたか、関には分からないだろうさ」 「達哉……」 「いいじゃないか、たまたま好きなヤツが被ったくらい。僕は隠されたことに対して、怒っていたんだぞ?」  頬杖を外して俯いた俺は、ゆっくりため息をついた。もう隠し通せないのか――ここまで言わせてしまったんだ、しょうがないだろう。 「……済まなかった、お前には知られたくなかったから。最初はただ、興味本意というか……気がついたら、その……」  ポツリポツリと言葉を繋ぐ俺に、山上は頭をぐちゃぐちゃと撫でまくる。 「すべては水野が悪いんだ。関をこんなに混乱させるなんて、たいしたヤツだよな」  無理矢理なことを言い放ち、デスクの前で見下しながら腰に手を当てた。 「でも悪い。どんなことがあっても、水野は関に渡さないから」 「分かってる。これまで通り、仕事もプライベートもよろしく頼むよ」  俺が右手を差し出すとにっこり笑って、俺の手をしっかり握り返してくれた。  こうして俺たちの友情は、めでたく復活したのである。山上の心の広さに、感謝しなければならないな。 「プライベートが充実したっていうのに、こっちの仕事も充実しまくってるよな……」  その言葉に俺は、渡された書類にパラパラと目を通した。山上の言葉じゃないが、これからもっと慎重に、行動しなければならないようだ。 「核心に迫りつつあるからお互い誰かと、行動を共にした方が良さそうだ。何があるか、分からないから」 「ま、僕は大丈夫だけどさ。問題はお前だよ……常に一匹狼でいる関が、狙われる可能性があるだろ?」 「行き帰りは、車だから大丈夫だ。署内でも基本、ここに引き籠っているし」 「天邪鬼だからなぁ関は。だから友達出来ないんだぞ。もっと素直になれば、いいヤツなのに」  肩を竦めて、出口に歩いて行く山上。 「気をつけるのは、お前だけじゃない。水野くんも、狙われる可能性あるんだからな」  その背中に言ってしまった。俺の懸念した想い―― 「もちっ! 僕の男に手を出すヤツは、倍にして返してやるよ。つぅか関ってば僕と水野、どっちが心配だい?」 「無論、両方に決まってる」  即答した俺に、涼しげな一重瞼を開きつつ、すぐに呆れた顔をした。 「分かりやすい嘘、つくなよな。お前の分まで、僕が水野を守るからさ」  そう言い残し、山上は部屋を出て行った。  俺の懸念が現実化し、水野くんをかばった山上が数ヵ月後、息を引き取った。
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