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それは先端が鋭く研ぎ澄まされた矢であった。ずっと身を隠していた弓兵でもいたのか、その矢は真っ直ぐに少年へと向かい、その命を射ち――
「は?」
――落とさなかった。少年は目にも止まらぬ速さでもう一振りの剣を振り抜くと、振り向きもせずに矢を払い落としていたのだ。
そんな人間離れした華麗なる技を前に馬頭はまた「は?」と口元を引きつらせた。
「気付いていないとでも思ったのか?」
じろり、と少年が馬頭を見下ろす。その視線の奥に輝く光に馬頭は完全に萎縮しながら目を見張った。そんな男に少年は言う。
「帰れ。先程は死を選ぶといったが、お前や、お前が率いる部隊が生還することで無駄な兵力を損なわずに済むんじゃないか? それはある意味勝利と誇っていいはずだ」
「……ちっ。その言葉、いずれ後悔することになるぞ」
馬頭は少年から背を向けると部下達を置いて一目散に逃げ出した。
そんな指揮官の様子を見て、少し離れた所で少年と同じような黒い甲冑に身を包んだ兵士達と刃を交えていた兵士達が困惑しながらもその後に着いて行った。
それを見送りながら、少年は家臣達を手で制止しながら
「お前達、退くぞ。私達の勝ちだ」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
つい先程矢を払い落とした人間とは思えない、慈悲に満ちた声に兵士達も勝利に心を震わせ、その歓喜を歓声に変えて応えるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おぉ、茜様がお戻りになられたぞ!」
「皆の衆、我らが小さき獅子を出迎えろ! 今宵は宴だ!」
見張り番の声を聞きつけた兵士達が、数多くの兵士を従え帰還する若き頭首を出迎えるべく口々に騒ぎ立てながら城を出て行った。
そして、城の上階、この城の頭首一族がいる部屋から二人の人物がその様子を眺めていた。
烏のように黒く艶やかな髪を後ろで一束に結びあげた眼鏡の青年が口元に失笑を浮かべながら
「まったく。勝利を祝いたいのは分かりますが、だからといって責務を放り出す者があるものですか。ねぇ、蓮?」
「仕方ないですよ。みんな、茜様のことが心配なんだよ」
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