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「おはよう、千尋ちゃん。」
「あ…お、おはようございます」
台所からのれんをくぐって居間に入ってきた男性。長身の彼にはいささかこの家は天井が低いようで、少し窮屈そうに見える。
彼が私の叔父である、緒方礼一郎さん。
「お茶淹れるから待ってね。」
「そ、そのくらい、私がっ」
高校生なんだから甘えてよ、と家事全般をやってくれているがお茶くらい私が淹れないと申し訳なさすぎる。
「いいからいいから。座ってて。」
「でも…」
「本当にいいから。」
制されて、上げかけた腰を下ろした。
いつもこの調子で、台所に一度たりとも入らせてもらっていない。
再び台所へ消えた緒方さんの背中を目で追って、私は所在なさげに肩をすくめた。
そんなに気を遣わなくていいのにな。
熱い味噌汁から立ち上る湯気を見つめながらぼうっとしていると、盆に急須とゆのみを乗せた緒方さんが戻ってきた。
「お待たせ。」
いつも通り、その整った顔は穏やかな笑みをたたえている。茶を注ぐ一連の動作が美しく、何をやっても絵になるなあと見とれてしまう。
お母さんと五歳差だから、彼は三十八歳のはずだ。それにしては若く見える。
その黒髪は無造作に肩くらいまで伸び、この家に似つかわしく外出時以外はいつも着物を着ている。のりが落ちて柔らかくなっている檜皮色のそれは部屋着らしい。
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