記憶の国

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 小学生の僕は柔らかく微笑み、軽く頷いた。おかしい。僕には、小学生の頃に今の僕と話した記憶はない。ということは、タイムスリップではないな。  現実ではない様だから、おかしなことがあっても良いとは思う。だが、ここまでリアルな感覚で人と対話している。先程の妄想が、馬鹿にできなくなった。本当に不思議の国かもしれない。  ウサギ穴に落ちていった少女の夢のような、記憶と意思、感覚を持ったこの世界。異なるのは、夢ではないかと今疑っていること。少女は姉に起こされるまで、夢ではなく国に生きていたのだから。 「大学生ですよね、多分。大学は楽しいですか?」 「うん、それなりには。でも、やっぱり絵を描く方が楽しい」  そりゃあそうですよ。  そう言って、彼は笑う。あまり成績は良くなかったが、両親のお陰で礼儀だけはしっかりしていたと思う。  窓から夕日が差し込んできて、眩しい。教室中をセピア色に染めていく。アルバムを開いた時の様に、自分が思い出の中に取り残される。  沈みかけの夕日。最終下校時刻まで、あと三十分といったところか。  夕日を眩しくて見ることが出来なくなり、目を閉じる。夕日が当たり、暑い。どんどん暑さが増していくような気もする。  またトリップするのかい?  ウサギ穴の少女は、ここまで忙しくなかったはずだ。
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