31人が本棚に入れています
本棚に追加
じゃあ、今僕は、自分の<意志のある記憶>と話しているのか。
そう考えてみれば面白い。何故そんなことになったのか、思い当たる節はないが。
「最近、順調ですか?」
「あ、うん、まあまあかな」
とっさに嘘を吐いてしまう。そんな訳がない。昨日もコンクール用の絵が仕上げられず、彼らのせいにしていたのだから。
そんな僕の事情を知ってか知らずか、彼は微笑んで、絵筆に手を伸ばした。パレットには既に色が出ており、僕の好きな反対色の二色が離れて置かれている。
この時僕が好きだった着色方法で、彼の世界は彩られていた。最近はキャンパスに油絵の具を塗るばかりだったから、懐かしく思える。
「‥‥先程の話の続きですが。僕たちはあなたの正確な記憶です。あなたが忘れてしまった細かい記憶も、ちゃんと僕らが覚えているんですよ」
「君たちの存在に、意味はあるのか?」
この質問に彼は少々苦笑いしながら、オフコース、と答えてくれた。僕らを通して、今のあなたが在るんですから、と。
窓から風が吹き込んで、急に温度が下がった気がした。でも、目の前の彼は半袖。
いくら記憶とはいえ、自分が風邪をひいたら困る。‥‥記憶も風邪をひくのか分からないが。窓を閉めようと、立ち上がって、振り返った。
最初のコメントを投稿しよう!