記憶の国

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 振り返るとそこは、窮屈な自分の部屋だった。だが、今のではない。大学に入る前の、実家の部屋だった。  ベッドの上に積まれた参考書、足元には無数のプリント。懐かしい勉強机に向かうのは、受験生だった頃の自分だった。 「どうだった? 昔の自分と話すのは」  振り返り、唐突に彼はそう言った。少しだけ前の自分だからか、前の三人よりも親しげに話す。 「相手は記憶だからな。アドバイスしたところで、現状は変わらないだろうし。何のために会ったのかは分からないけど、楽しかったよ」  僕の答えに彼は笑い、それは良かったね、と言った。今僕と話す暇があるなら勉強しなよ、と現実的なことを考えたが、記憶に言っても意味がないのだろう。  最近母さんからの説教の電話が多い。すぐに切られる母さんの気持ちは、きっとこれに似ている。今度からはきちんと話を聞いてみようか。 「で、昨日の言葉、撤回する?」 「昨日の言葉?」  この時期の僕は唐突に話をするのが好きなようだ。ついて行けない僕より、さぞかし頭が切れるのだろう。 「昔に戻ってやり直したい、ってやつ」  考えてみれば、そんなことも言った気がする。なかなか絵のイメージが固まらなかった時の、あまり深い意味のない言葉だった。
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