記憶の国

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「で、今、なんで昔の記憶と話してるか、分かった?」 「分からない」 「うわ、やだなぁ。僕、大きくなったらこんな人間になっちまうのかぁ」 「すみませんねぇ、嫌みと皮肉だけに敏感になっちまって」 「うわ、成長したくない」  大学の生意気な後輩と話している気分。最近は絵の上手な後輩が多くて、肩身が狭いことも少なくない。 「絵が描けないの、僕たちのせいにしたでしょ。それに僕たちが怒ったわけ」  ため息まじりにそう言われた。吐き捨てるように言われ、言葉を飲んだ。  まさか、そんなに。  あの言葉に、特に深い意味はなかった。ただ少し、油絵に変更したことは後悔している。  僕が好きだったのはアクリル絵の具だった。値段も手頃、中高生にはもってこいの絵の具。何度重ねても滲まないから、点を描いて彩色する僕のやり方にぴったりだった。  それを、大学に入学した際、先輩に勧められるがままに油絵に変更。近頃やっと、まともに扱えるようになってきた。 「最近、絵、描いてて楽しい?」  楽しい。  そう言い切れない僕がここにいた。言葉が喉で引っかかって、出てこない。  つまりそれは。  四人の昔の僕が、僕に伝えたかったこと。本当に僕は鈍感になってしまったようだ。
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