春待ち歌

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駅前、交差点の信号機が点滅を始めた。 人混みを避け、角のタバコ屋の軒を借り空を見上げる。 春待ちの小糠雨が霞となって、辺りの景色を滲ませていた。 二月の終わり、日曜日の午後。 信号が変わり、間の抜けた電子音に促される。 横断歩道を渡っていた、その時だった。 傾げた傘の中、ふわり懐かしい香りが舞い込んできたのは。 駅前のロータリーを囲むように小さな花壇がある。 「やはり、ここからか…」 開発が進み、駐輪場だった場所には大きなビルが建った。 駅舎も建て替えられた。 月日は流れたが、この小さな花壇だけは変わらずここにある。 香りが僕を包み込んでいた。 優しい眼差しにも似た淡い思い出が甦る。 僕はそこに足を止めた。
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