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「潤平、何してるの?」
黄色い小さなレインコートを着た娘が、僕を見上げて立っていた。
お互いをそう呼び合っているからか、娘は僕たち両親のことを名前で呼ぶ。
「早くしないと電車着いちゃうよ」
垂れ下がってくるフードを何度も何度も持ち上げて僕に言う。
「ごめん、ごめん」
日曜日だったが、妻は朝から気紛れな取引先に呼び出され出社していた。
夕方、迎えに行くと言ってきかない娘とこうして駅までやって来た。
改札に人の波が押し寄せる。その中に母を見つけ背を伸ばし両手を振る。また顔がフードで隠れてしまう。
「咲ぃーー」
駆け寄り、足にピタリとしがみつく。
「ごめんねー、お休みなのに」
「お迎えに来てくれたの?嬉しいな」
満足そうに大きく頷いた。
駅を出るともう雨は止んでいた。
「何か、いい匂いがする」
「ちょっとこっちに来てみて」
手を繋ぎ二人で小さな花壇のところまで行く。咲がしゃがみ娘に話掛ける。
二人の後ろ姿に頬が緩む。
「ここに白いお花があるでしょ」
「うん、いい匂いがするね」
「ね。この香りがするともうすぐ春なんだなぁって思うんだ」
「何ていうお花?」
「沈丁花だよ」
「そうだ。さっき潤平がね、このお花の前でぼーっとしていたんだ」
咲が振り返り僕を見る。
それから優しく微笑む。
この香りの中に思い出す。
あの春の日の僕と君を。
今日の日の始まりの時を。
~すべての18歳に~
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