『幽霊』

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『…お待たせしました、各駅停車人呼来(ひとよらい)行き、物怪より間もなく発車いたします』 「……物怪…、モッ、ケ?」 (はて…、どこかで、聞いたような気が…) 今停車中の駅は物怪と言うらしい。 俺が目指している町は『物怪町』 最寄り駅は、物怪駅。 『今停車中の駅は物怪』 発車を知らせる音楽と共に寝起きでボーッとしていた頭に、物凄い勢いで血が回っていく。 「やぁばッ!」 網棚に置いた二つのボストンバッグを慌てて引き摺り下ろし、出口へと走り出す。 音楽は早々に鳴り止んでしまい、扉が閉まるのも時間の問題だ。 だが、座席を遅く立ったのが功を奏した。 入れ替わりで入ってきた乗客は全員座席へ着席している。 お陰で出口までに障害となるものは何も無い。 (あ、危なかったぁ…。この路線、各駅あんま無いから、乗り過ごすとやばいんだよな) 電車とホームの間には少し広めの隙間が開いていた。 足元に注意しながら、片足をホームに降ろした。 目線をあげると、正面から恰幅の良いオッサン(悪く言えばデブ)がこちらに向かって走ってくるのが見えた。 よほどこの電車に乗りたいのだろう。 物凄い形相とスピードはまさに『全力疾走』と物語っている。 体格に似合わず驚くほど早い。 人は見かけによらない物だ。 いや、感心している場合ではない。 デブ男は真っ直ぐこちらに向かって来ているではないか。 どちらかが退かなければ衝突は免れない。 しかし、一度前へ進む慣性のついた人間の体はそう簡単には止まれるものではない。 デブ男に関しても、止まろうとする素振りすら見せない。 デブ男の巨体が鼻先に迫る。 俺に出来たのは衝撃に備え、体を縮こませる反射行動だけだった。 デブ男の腹に、俺の顔が、肩が、全身がめり込む。 そして『突き抜けた』 何が起こったか解らないが、そうとしか表現できない。 俺の体が、デブ男の体を突き抜けたのだ。 あっ気にとられて動けなくなった俺の周囲を、生暖かい空気が支配していた。
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