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『先ほどゴーストと思われる駆け込み乗車が発生しました。確認の為今しばらくお待ち下さい』
アナウンスの音で、体の感覚が戻ってくる。
慌てて後ろを振り返るが、そこには通ったはずのデブ男の姿がない。
「…今の『幽霊(ゴースト)』だったのか…」
ため息と共に、全身から力が抜けて尻餅を付いてしまった。
今まで経験した中で、恐らく一、二を争う恐怖体験だったのでないだろうか。
実害が無かったとはいえ心臓に悪すぎる。
『幽霊(ゴースト)』
書いて字のごとし、要するに幽霊(ゆうれい)の事だ。
『死んだ生物の魂が、成仏せず現世に留まった存在』
と、本には書かれている。
そう言った存在自体は、遥か昔から確認されていたらしい。
もっとも、当時は『見える人間』ないし『存在を感じる人間』はごく一部に限られていたとか。
ところが時代が進むにつれ、幽霊の見える人間は増加。
近代社会では世界人口の半分は見える人間と言われている。
念の為に言わせて貰うが、俺は別に幽霊が怖かった訳じゃない。
人型幽霊は確かに珍しいが、今どき幽霊など道を歩けばそれなりに見かける。
だが、誰だって自分に向かって何かが迫ってくれば、同じような反応をするだろう。
例えるなら、ゴキブリが顔に向かって飛んでくるようなものだ。
「よ、避けろぉー!」
「…え? ッガハ!」
顔を前へ戻すと同時に、顔面へ硬い何かが直撃した。
眉間から後頭部へと突き抜ける鋭い痛みと衝撃で、俺はそのまま後ろに倒されてしまった。
「痛ってぇぇ…、何が…」
痛みに悶えつつ、何とかを目を開ける。
発光体とクラクラする意識の中、人の形をした影が自分の上を通過するのが見えた。
影は『ドンッ!』と重たい音を立てて車内の壁に当たると、そのままピクピクと震えていた。
『大変お待たせしました、人呼来発車いたします。なお、まもなく『夕暮れ時』のため、徐行運転に切り替わる事をご容赦下さい』
音を立てて閉まる下車用ドア。
結局、乗り過ごしてしまった。
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