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「秀吉様」
追っ手から逃れようとももう走れない。
家臣は皆失った。
私を裏切らず側にいてくれた者たちは皆私を庇って散っていった。
すまない、皆。
それでも私はもう走れないんだ。
悔しくて見上げた空は私の気など知らん顔で憎い程に青々していて、酷く美しい。
まるで秀吉様が笑っているようで涙が零れた。
「秀吉様」
霞みゆく視界の中、あの方のような空に必死に手を伸ばした。
あの空の向こう側にあの方がいるのだと思ったらいよいよ泣けてきて。
今は亡き、愛しい我が主人の名前を何度呼ぼうとも私を苦しめる痛いほどの気持ちから逃れるには到底足りない。
この期に及んでこんなに込み上げてくるなんて、こんなに苦しい感情が何よりも愛しいなんて……
むせ返るほどの血の匂い。
貴方はこんなところに立っていたのですね。
どれ程の仲間を失おうとも、引き返すことは許されず。
どれ程の家臣を失おうとも、立ちすくむことさえも許されず。
血が流れることを誰よりも嫌う貴方は
きっと本当は臆病な貴方は
それでも涙を堪え
歯を食い縛り
自分を奮い立たせ
亡くしたたくさん命をその小さな背に負って
こんなところに立っていたのですね。
「居たぞ!!」
惚けて空を見ていたら追っ手が来てしまった。
良いだろう。
私はこの死を受け入れよう。
豊臣の旗を掲げる者として
豊臣を愛した最後の家臣として
この剣を抜く。
秀吉様。
血で随分と重たくなったこの豊臣の旗を
貴方が背負ってきたこの旗を
今度は私が背負いましょうぞ。
懐から出したその旗を背に掛けて首元で縛る。
敵の数からして勝つ事が不可能でも最後の最後まで足掻いてみせる。
「石田三成、参る!」
秀吉様の愛した『豊臣』を背負って。
「残党め!覚悟!!」
覚悟、か。
そんなもの、当の昔から出来ていた。
守るべきものを見つけたあの日から。
秀吉様、貴方の涙を初めて見たあの日から。
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