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「これ、佐吉。客人に茶を持ってきてくれるか」
「客人、ですか?」
いつも通りの日課をこなし、それはちょうど廊下を雑巾掛けしていた時だった。
和尚様に呼び出され、そう言われたのだ。
茶くらいなら私よりも年上の連中が遊んでいるのだから、奴らに言い付ければいいのに。
私は少し不満気に眉を潜めた。
「大層喉が渇いているらしくてな。相手は侍じゃ。失礼のないようにな」
「はい。和尚様」
なるほど。
相手が侍とあれば話は別だ。余程の気を遣わせぬと切り殺されてしまう。
年配の奴らは私よりも少しばかり生きているだけで頭の中は空っぽだ。だから和尚様はわざわざ私に頼んで下さったのか。
私はその期待に応えるような対応を見せた。
「和尚様。茶を持って参りました」
「おぉ、小僧。すまぬの」
恐る恐る震える手で開けた障子の向こうにいた侍は、侍らしくない男だった。
「いえ。どうぞ」
とは言え、それを顔には出さぬように静かに茶を出した。
余程喉が渇いていたのだろう。大碗にぬるま湯で淹れたそれを一気に飲み干した。
「うむ。美味い。すまぬが、小僧よ。もう一杯貰えるか」
「はい」
ようやく一息吐けた、という顔をしていた。
二杯目の茶はごく普通のものだった。いや、普通よりは少し器が大きく、湯もぬるめにしてある。
ようやく一息吐けたが喉の渇きというものは一杯の茶で潤せるものではない。が、まだ茶を啜る、という程ではないが、先ほどよりは、ゆっくりと茶を飲む余裕もあるだろうと。
「どうぞ」
「いやぁ、すまぬのぉ。寺の掃除で忙しいじゃろうに」
「いえ。お気になさらず」
客人は二杯目の茶をそんな小話をしながら飲んでいた。
そして飲み干した茶碗をじっと見つめた客人は私に向き直ってもう一回言った。
「小僧。すまぬ、すまぬな。もう一杯茶を持ってきてくれぬか」
「はい」
もう大分落ち着いたようだった。和尚様とも世間話をしている。まだその世間話を続けるならば、茶も無ければ味気ないからな。
ならば、と。
寺にある一番上等な茶碗に先ほどから焚いてある随分と熱しあがった湯で茶を淹れた。
「おぉ。忝ないな」
「いいえ」
予想通り世間話は続いた。
余程熱い茶を淹れたのだ。ゆっくり飲むしかあるまい。客人はそれを狙ったかのように思えた。
我ながら良く出来た、と思った時だった。
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