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「小僧。名をなんと申す」
突然客人が私ににっこりと笑って言った。何事かと和尚も客人と私を交互に見ている。
もちろん私も驚かないわ彼ないが、小さく息を詰めてから努めて落ち着いた声で言った。
「はい。佐吉と申します」
「そうか……」
私の名を聞くなり、そう返事をするとうーん、と小さく唸りだした。彼が口を開いたのはそのしばらく後だった。
「和尚よ。この佐吉という小僧を儂に預けてはくれぬかのぅ」
「佐吉を……?」
えっ……?
こればかりは流石に驚きを隠しきれず和尚も私もうっかり声を漏らしてしまった。それを聞いてイタズラが成功したような子供のような笑みを見せる彼。
「この小僧は賢い子じゃ。この齢でこんなに賢い子はそう居らぬぞ。良い子じゃ。決して悪いようにはせぬ。ただ儂はこの小僧が欲しくなっての」
固まったままの私は返事をすることもできず、彼の言葉を頭の中で反芻していた。
私はこの人について生きてゆくのか。侍に、私が侍になるのか。
なれるだろうか。
いや、こんな寺で生きてゆくしか他にはないのならば私は……
前を向くと心配そうな和尚様と自信満々の羽柴様の顔が同時に見えた。
「佐吉。羽柴様がこう仰っておるがどうする?」
ごめんなさい、和尚様。
私の中の答えは決まりました。
胸の中で和尚様に小さく謝りながら真っ直ぐ羽柴様を見据える。
「この佐吉、必ずや羽柴様のお役に立ってみせます!!」
「おぉ。これは頼もしい。これからしかと励めよ、佐吉」
「はい!」
大満足、というような羽柴様。
私はこの人の為に生きよう。
この人に人生を捧げて精一杯尽くそう。
私に生まれ変わる程の奇跡を起こしてくれてこの方に私は……
そうして私は自分が育った寺に別れを告げて、平々凡々な暮らしから脱却したのだった。
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