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「それはそうと、何話してたっけ?やっぱりさ、病院っていうのは死ぬ人よりも退院する人のほうが多いと思うんだよね」
「そんなに難しい話はしてないよ」
「……ごめん、聞いてなかった」
「うん、知ってる。そこのね、窓から見える桜が綺麗」
彼女が指を指した窓に視線を移す。
そっか、四月か。窓の下には病院を囲うように立ってる桜の木。
「桜って上から見るの、綺麗だよねー」
彼女は桜の花を見つめたまま笑う。
彼女の瞳はいつもと変わらずに深くて深すぎて何を考えているかなんて僕には分からなくて。悲しそうに笑う彼女を僕は傷つけないように大切に扱ってみたりする。
「桜ね、この病室からしか見えないんだって。道路側しか桜の木、ないから」
「うん、桜は綺麗だと思うよ」
考えてみると僕の病室からは桜の木、見えないな。
僕は桜は下からみたほうが綺麗だと思うのだけど。
僕は、多分知っていたから。
わかっていたから。
彼女の病気は、治らなくて。ずっと入院してることを知っていたから。
彼女は下から、桜を見たことがないんじゃないかって。
予想がついてしまったことに、ものすごく悲しくなった。
「ゆーちゃんってさ、生まれ変わったら何になりたい?」
自分でもびっくりするくらいの強引な話題転換。もし自分が言われたら、思わず聞き返してしまいそうなくらいの。
彼女は「んー」と少し困ったように笑って、首をかしげる。
そして__何かを納得したようにああと頷いてまたいつものように笑った。
「私、生まれ変わりたくないかな。生きてるのって大変だし、いろんな人に迷惑かけるもん」
また、笑う。
悲しそうに、何を考えてるのかわからない瞳で。
____彼女の吐く嘘は優しすぎた。
優しすぎたから、僕には深すぎて見えなかった。
誰のことも深くは問わずに。自分のことも喋らない。
相手を心配させないように。自分がそうでいられるように暗示して。
そうやって自分自身にも嘘をつくんだ。
ほんと、どこまでも
______似てる。
彼女の瞳をしっかりと見て、僕は返事を返した。
「うん、僕もそんな感じ」
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