第1話

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暑い、とても暑い夏の日。 空は遮るものが何もない突き抜けるようなのっぺりとした水色。 上の方で、カモメの声がした。 風は、潮のにおい。 瞼を落とせば見えてくる。 瞳の裏でチカチカする、まばゆい闇。 白いパレットに青い絵の具、少しの白と、水をたっぷり含ませた極太の筆を、大きな大きな白い画用紙の上にぼとり、と落とす。そして、それから、白の陣地を少しずつ占領していく。 気を付けなければならないのは、水色が最初にぼとりとさせたところから色を変えないようにすること。 でも、それは無理な話だ。 なぜなら、水分の量と、新たに足した絵の具によって、もう二度と最初の色と全く同じ色は作れなくなってしまうから。 材料は同じ、水、青と白の絵の具だけのはずなのに、二度と同じものはつくれない。 それは少し、心に似ている。 自分は、一つの絵具と一本の筆と、水しか持っていない。生まれたときから、誰でもそう決まっている。成長していくためには、白いところを、自分の色で塗っていかなければならない。こつこつ、少しずつ塗り広げていく。でも、そのたびに、自分の色がちょっとずつ、変わっていく。塗ってしまった場所はもう消すことができない。もう一度上から塗り直そうとすれば、汚くなってしまう。けれども時々、また新しい未知の色が生まれることがある。他の人は、自分と異なる色を必ず持っている。だから、新しい色に出会うためには、自分の色だけでは駄目なのだ。 まっさらでまっしろな巨大な画用紙に、より多く色の領土を広げた者が勝ち、というわけではない。また、より多く色の種類を集められた方が、人間として価値がある、なんてこともない。はたまた、綺麗な色を作れた者が、幸せであるなんてこともない。何がいい色なのか、何が綺麗な色なのか。そもそもそれすら人によっては違うのだから、その塗られた画用紙に対して抱く感想すら自分次第。 でも、その画用紙には無限の可能性があって、それを持って生まれてくるのは人間という生物だけなのだ。 無限の可能性。 それが一体何なのか。 そんなものは自分にもわからない。 ただ、そんな考えも、もしかしたら心、という名の画用紙が生み出した、希望という色かもしれなかった。 きっと、誰にもよくわからない。 心というのは、そんなものだ、と俺は思う。
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