第1話

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暑い、とても暑い、夏の日。 空は遮るものが何もない、どこまでも突き抜けるようなのっぺりとした水色に、白いカモメのシルエットがよくはえる。そんな、レターセットみたいな綺麗な空。 夏。 太陽が眩しく、磯の香りが幾度となく繰り返される波の音と共にやってくる。 波が、海を海たらしめる。波が無ければ海は海でない。波がおきるのは、本当に風のせいだけなのだろうか。 計算だけでは、論理だけでは、物足りない気がしてしまう。 古野龍は、そんな考えが浮かぶ自分に珍しさを感じて驚いた。形而上のものなんて、自分は何一つ信じないと決めていた。そういうルールを自身の中に作っていた。だから、今の思考は古野にとっては間違いだとされた。 古野は、眼前に広がる青い海を見つめながら、砂浜の上に無造作に散りばめられたテトラポットのうちの一つにあぐらをかいていた。眩しすぎる太陽を仰ぎ、古野は額から流れる汗を浅黒い、筋肉の適度についた腕で拭った。 古野はテトラポットから砂浜に降り立ち、足の裏から伝わる熱気と、上から降り注ぐ紫外線を感じた。それと同時に古野は人の視線もちらほらと感じていた。ちらり、と目だけで周囲を見渡せば、金髪の男女が馬鹿みたいに騒いでいる。 今日はまた、バカップルの多いこと。 古野はただそう思った。 妙に苛ついた自分を感じたくなくて、より深く足を砂浜に突っ込みながら歩いた。海に入り、腰まで浸かったところで泳ぎ出す。心なしか波が高い。前にいた場所でも海がとても近かったのでよく友達と泳いでいたが、そこの海と比べるとやはり波が高い気がする。場所のせいか、それとも気候のせいか、それがわからないことに気がつき、同時にやっと自分の知らない土地にやってきたのだと古野は感じた。古野は何故か胸騒ぎがした気がした。でも、そんなことはないとすぐ思い直した。しばらく、何も考えずにかなり深いところまで泳いでしまっていたことに気がつく。顔を上げて後ろを見ると、もう砂浜が見えなかった。それで、古野は自分が思っていたよりも泳いできてしまったことを実感した。 まあ、いいや 潜って体を反転させると太陽の光の線が水面上で屈折し、水中へすっと通っているのが見える。幾筋もの光の線が、交錯することなく降り注ぐ。海の中は外の世界とは別世界かのようように、穏やかで暖かい。波が起きるたび、光はゆらゆらと揺らめき、それは古野に夏を呼び起こさせた。
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