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今日は運良く快晴、日陰に雪は残されていたが、路面のアスファルトはドライ。ジーンズに泥撥ねをつけることなく私は実家にたどり着いた。築50年の昭和の匂い漂う平屋、引き戸玄関の前で私は大きく深呼吸した。ガラガラガラ。
「……ただいま」
引き戸を目いっぱい開けたあと何の音もなかった。返事もない。父も母も出払ってるのだろう。鍵も掛けずに出かけるのは昔から変わってない。そして可愛い娘が15年ぶりに帰省したというのに、待っていないという無精さも相変わらずだ。私は大きな鞄を抱えて靴を脱ぎ、勝手に留守宅に上がり込む。
こたつが鎮座する居間で、棚から赤いマグカップを取り出してインスタントコーヒーを入れる。エクセラ……これも15年前と同じだ。直径10センチぐらいのガラス製の瓶、内蓋の金色の紙は縁が1センチだけが穴が開いている。ちょうど親指の大きさ、これも母の仕業だろう。クリープも同様に爪の大きさの穴が空いている。電気ポットから湯を注ぎ、レギュラーと比べて香りのない色水を啜りながら居間を見渡した。黒い仏壇には位牌が2つ、脇には風月堂の温泉まんじゅう。坂を見下ろせるサッシ。くすんだ化粧板の壁には近所の酒屋のカレンダー、バスの時刻表、複数枚の写真を飾れる額が並んでいる。
左上から順に眺める。弟夫婦の披露宴の写真、弟夫婦の赤ちゃんの写真……つまりは甥っ子。中段にはその甥っ子の七五三、そして中央には入学式の写真。下段に来て九尾祭りで酒を煽る父の酔った顔、母が赤いちゃんちゃんこを着て父と並んで映る写真。そして右下に来てようやく15年前に振り袖の写真にお目に掛かれた。真っ赤な振り袖を着て真っ赤な口紅を塗りたくった派手な艶姿。明後日にはそれを着て黒磯の料理屋に行くのだ。ひとつ大きな溜息をついてインスタントコーヒーを啜る。
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