年賀状

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 自分でも馬鹿だと思うが、気になったことは解決しなければならない。まだいつもの出勤前の時間だというのに、私はコートを着て出版社へと向かう。妻が昼はどうするのかと聞いてきたが、出版社に出向いたついでに食べてくると言い、自宅を出た。  元旦なので交通量も少なく、すぐに出版社に辿り着く。警備の人との新年の挨拶もそこそこに、編集室へと階段を上がり、自分のデスクに向かうと鍵が掛かっている引き出しを開き、ここ最近、出版社に持ち込みをしてきた作家の名簿に目を通した。本名、ペンネームも見落とさずにだ。もしかしたら、ペンネームの方で年賀状を送ってきたかもしれないからだ。  しかし、そんな私の努力を嘲笑うかのように、葉子という人物を発見することはできなかった。少し前の名簿を見ても同じだ。  この結果に、私は苛立ちを隠せなかった。年賀状一枚に振り回されたのも、そうだが、葉子という人物を思い出せない自分の不甲斐なさに。  私は疲れ切った状態で自宅へと戻った。もう日が暮れ始めている。世間では初売りで買い物をしてきた人達が思い思いに買ってきたもので過ごしていることだろう。それに引き替え、私は何をしていた。  最悪の元旦だ。こんな日は、寝てしまうのに限る。明日の朝にでもなれば、葉子とはどこの誰なのか思い出せるはずだ。 「ただいま」  いつものように玄関の戸を開けつつ言った。ところが、いつもなら、すぐに妻が返事をするはずなのに声がしない。おかしいと思いながら、私はリビングの方へと向かった。  家中の電気は消えていて、妙に静かだった。 「おい・・・。どうした?」  返事がない静まりかえった室内に私は不安を覚えた。何で、妻は返事をしない。何か良くないことでも起こったというのか。年賀状の一件に続き、何という日だ。  私は不安と焦りを抑えながら、何度も妻を呼んだ。 「おい!返事をしろ。いるんだろう。お前!」  返事はない。どこの部屋も静まりかえっている。  やがて、私はリビングのテーブルで一枚の紙を見つけることになる。年賀状ではない。役所に提出する紙だ。私は、その紙に目を通してやっと思い出した。  葉子は間違いなく私の知った人間の中にいたのだ。 『離婚届け 妻、崎川葉子』  私の名字に続けて妻の名前、『葉子』が書かれていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加