8/12
前へ
/20ページ
次へ
 冷たい夜風が火照った頬を撫でていくのが心地よかったが、突然あらわれた障害物に桜子はおもいっきり顔面をぶつけ、危うく地面に転がりかけた。 「ちょっと、あんた邪魔なんだけど!」 「それはこっちのセリフだ。おまえ、さっき向こう側を走ってただろうが。なんでわざわざこっちに来るんだよ。ふらふらしてんじゃねえ」  桜子の前に突然あらわれた障害物──もとい、黒っぽいジャケットを着た青年がびしっと、立ち並ぶビルの脇を指差す。  桜子は眉を吊り上げて青年を睨みつけた。 「なによ。私がどこをどう歩こうが走ろうが、私の勝手でしょ。あんたも私にケンカ売る気? いいわよ、いいわよ。いくらでも買ってやるわよ」 「おい、ケンカ売ってるのはおまえだぞ。頭大丈夫か、おまえ」 「誰が下等生物ですって?」 「ンなことひとことも言ってねえ! どんな耳してやがるんだ」  桜子は青年の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せた。  桜子より頭ひとつぶんは背の高い青年が一瞬目を見開き、身を引く。 「私が下等生物なら、羽沢なんかミジンコよ。っていうか、ノミね。それともダニかしら。あんたもそう思うでしょ? 思うわよね?」 「誰だよ、羽沢って。つーか、俺から離れろ。寄るな、さわるな。おまえマジ面倒くせえ」  心底迷惑そうに顔をそむける青年は、容赦なく桜子を押しのけようとする。が、そんなことで相手を逃がすような桜子ではなかった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加