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冷たい夜風が火照った頬を撫でていくのが心地よかったが、突然あらわれた障害物に桜子はおもいっきり顔面をぶつけ、危うく地面に転がりかけた。
「ちょっと、あんた邪魔なんだけど!」
「それはこっちのセリフだ。おまえ、さっき向こう側を走ってただろうが。なんでわざわざこっちに来るんだよ。ふらふらしてんじゃねえ」
桜子の前に突然あらわれた障害物──もとい、黒っぽいジャケットを着た青年がびしっと、立ち並ぶビルの脇を指差す。
桜子は眉を吊り上げて青年を睨みつけた。
「なによ。私がどこをどう歩こうが走ろうが、私の勝手でしょ。あんたも私にケンカ売る気? いいわよ、いいわよ。いくらでも買ってやるわよ」
「おい、ケンカ売ってるのはおまえだぞ。頭大丈夫か、おまえ」
「誰が下等生物ですって?」
「ンなことひとことも言ってねえ! どんな耳してやがるんだ」
桜子は青年の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せた。
桜子より頭ひとつぶんは背の高い青年が一瞬目を見開き、身を引く。
「私が下等生物なら、羽沢なんかミジンコよ。っていうか、ノミね。それともダニかしら。あんたもそう思うでしょ? 思うわよね?」
「誰だよ、羽沢って。つーか、俺から離れろ。寄るな、さわるな。おまえマジ面倒くせえ」
心底迷惑そうに顔をそむける青年は、容赦なく桜子を押しのけようとする。が、そんなことで相手を逃がすような桜子ではなかった。
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