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 そのとき、遠くから盛大に息を切らせている少女の声が聞こえてきた。  自分を呼ぶその声が妙なところで不自然に裏返っていたものだから、いよいよ可笑しくなって、桜子はたまらずアスファルトの上に大の字になって笑い転げた。 「すすす、すみません! この子、ちょっと間違えてお酒飲んじゃって。ほんとすみませんっ。──ほら、行くよ桜! なんであんたは一杯飲んだだけでこんなになるのよ! 信じられない!」  走ってきた早苗に引っ張り起こされても、桜子の笑いはいっこうに止まる気配がなかった。 「酒……? ガキのくせに酔っ払いか、こいつ」 「あの、桜が何かご迷惑、を──」  青年を見上げた早苗の瞳が恐怖に凍りつく。 「その女には一生酒飲ませるな。この世の厄災だ」  少し離れた場所にある街灯の光に浮かび上がる青年の姿に、早苗は戦慄をおぼえた。  姿形は間違いなく〝人〟だった。  だが、夜闇なかで彼を縁取り、彩るものは明らかに街灯の光ではなかった。  夜よりもなお深い漆黒。  長く見つめていれば、それだけで心臓が抉れてしまいそうな、そんな錯覚をおぼえるほどの禍々しい存在。  視線を外そうとしても、外せない。
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