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「ねえ、おねーさん」
最初、桜子はその声に気づかなかった。
そこは駅前のショッピングモールに近い場所であるため、人通りはかなり多い。
ましてやイヤホンをして歩いていた桜子には、背後から掛けられる声などまったく意識に入らなくて当然だったろう。
学生鞄に手を突っ込み、定期券を取り出そうとしたとき、鞄を後ろから引っ張られて、桜子ははじめて振り返った。
「ねえ、おねーさんっ」
ぐぐぐっと、桜子の目線が下に降りる。
小学校に上がったばかりのような小柄な少女が、無邪気に笑って桜子を見上げていた。
「どうしたの?」
桜子は少女の目線に合わせるようにして屈んだ。
淡いピンクのワンピースを着ているその少女は、まるで絵本の世界から飛び出してきたお姫さまのようだった。
愛くるしいとはこのことを言うのだろう。
練り絹のような白い肌。大きくてつぶらな瞳は、この世の汚れなど何ひとつとして知らないように思えた。
いくら幼くても、少女くらいの年齢でここまで無垢な瞳をしているのは珍しい。
しかも、彼女の瞳はまっすぐに桜子をとらえていた。
初対面だというのに、そこに警戒心はまったく見当たらない。
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