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それは、あらゆる音が遠のいた世界だった。
人の存在を否定するかのように、世界が真っ白に塗りつぶされた朝。
儚く清らかなその世界を必要以上に醜く汚さないよう、慎重に足元を見て歩いていた彼女は、ふいに目の前に落ちてきた雪の塊に足を止めた。
朝陽が昇りはじめ、電線の上にあった雪が融けはじめているのか。それとも、単に重みに耐えられなくなったのか。
彼女は空を見上げ、目を細める。
一晩降りつづけた雪はすでにやみ、頭上には雲ひとつない薄青い空が広がっていた。
吐く息が、白くやわらかく大気に溶けていく。
そのまま、ほうと毛糸の手袋に息を吐きかけ、ふたたび足を前に踏み出しかけた彼女が視線を横にすべらせたのは、ただの偶然だったのか。
いや、それこそ運命──必然だったのか。
彼女の目は常ならぬ異様な光景をとらえ、その両足に前へと進むことを忘れさせた。
早朝である今はその姿はないが、そこは近所の子どもが遊ぶ小さな公園。
ブランコと滑り台、そしてベンチがひとつあるだけの、小さな小さな公園だ。
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